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長距離走・マラソンが速くなるための最も重要な鍵となる能力とは?
突然ですがあなたは、長距離走・マラソンが速くなるために最も重要な鍵になる能力とは何だと思いますか? 目標とするペースで余裕を持って走れるだけの十分なスピードでしょうか?それとも、そのスピードを保ち続けるためのスピード持久力でしょうか? もちろんこれらはいずれも絶対に欠かすことができない能力であり、最終的にはこれらの能力が鍛えられないとタイムは向上していきません。ただ、これらは見るからにわかりやすい能力であり、誰しもが理解されていることであります。 実はそれよりももっと根本的に重要かつ、鍵となる能力があるのですが・・・お分かりになりますでしょうか?その能力とは、回復力です。 想像してみてください。もしあなたが次のシーズン、今よりも大きく記録を伸ばしたいと思い、この夏しっかりとトレーニング量を増やして走り込もうとしているとします。その時、もし増やした練習量に見合うだけの回復力がなければ、どうなるでしょうか? 元気なうちは良いかもしれません。しかし、トレーニング負荷が回復力を上回り続けるため、徐々に疲労は蓄積していきます。そして、あるポイント
深澤哲也(ウェルビーイング株式会社副社長)
2 時間前読了時間: 24分
9月20日から9月22日まで京の都で合宿を開催いたします。
突然ですが、西暦2026年、皇紀2686年9月の大型連休のご予定はすでに決まっておりますでしょうか? 非常に残念ですが、すでに決まってしまっているという方にはこちらの情報はお役に立てません。今回は今年の9月の大型連休は走者として非常に有意義な時間を花の都の京の町で日本三大解説系ランチューバー3名と過ごしたい、ついでにアジア大会で銅メダルを獲得したことがある陸上選手と過ごしたいという方の為の案内です。 もしかすると、「いや~、行きたいのはやまやまだけど、家族もいるしな~。家族を見捨てる訳にもいかないし、妻の機嫌が悪くなるのも嫌だし」、そう思われている方もいらっしゃると思います。 ご安心ください。京都の観光地がすぐそこに一等地に貸し切りで旅館をおさえてあります。あなたが走りに行っている間はご家族の皆様は京都観光を堪能できるという寸法にしております。 また、お部屋はご家族で貸し切れるようにさせて頂いております。お風呂だけは共用のものとなるか、お近くの銭湯にいって頂くことを基本としておりますが、家族風呂も一ご家族様のみご用意しております。 こち
秀志 池上
4 日前読了時間: 12分


夏場こそ絶対に知っておきたい「弱化現象」の話
ここ1週間くらいで一気に暑さが厳しくなってきていますが、トレーニングは順調にできていますでしょうか? この暑い時のトレーニングでは、暑くてペースが上がらないとか、同じペースで走っていてもよりしんどく感じるとか、走っている最中に感じる難しさはもちろん、いつもよりもダメージや疲労が残りやすいという、走り終わった後の問題点も無視できない点になります。 特に夏場は、いつもと比べて疲労が全然抜けないとか、疲労の残り方が明らかにおかしいと感じた経験がある方は少なくないでしょう。実は、そうしたことはトレーニングによって生じる「ある現象」によって起こっています。そして、その現象はこの暑い夏の時期にこそより強く生じ、よりひどい状態に陥る原因になりかねません。 しかし、この現象について正しく理解しているランナーの方は決して多くはなく、実はこれは夏のトレーニングをする上では危険とも言える状態なのです。 その現象とは何なのか? その答えをお話しする前に、トレーニングによって生じる「ある三つの状態」をあなたはご存知でしょうか?以下の図をご覧ください。...
深澤哲也(ウェルビーイング株式会社副社長)
7月16日読了時間: 23分


12歳から走り始め、人生をかけてマラソンを探究し続ける男に、あなたのマラソンを賭けてみませんか?
2026年7月、日本。 現代のこの国に、人生の全てをマラソンに捧げ、全てを賭けて生きている男がいます。 その男の名前は、池上秀志。彼は12歳から走り出し、その後高校生にしてマラソンで生計を立てる事を志し、その夢を叶えた今もなお、日本の誰よりもマラソントレーニングについて深い研究を続けています。 その男の走道(ランニング人生)の始まりは、12歳の頃(2006年)。当時野球少年だったその男は、当初野球の体力作りのためという理由で走り始めました。彼が所蔵していた野球チームの活動はあくまで土日だけ。そのため平日に野球のための体力づくりをしようということで、陸上部に入ることになりました。 彼が陸上部に入った当時の顧問の先生は、とても専門的とは言い難い指導をしていました。まるで、毎日が全力走。彼自身は野球で鍛えられら基礎体力があったため、ギリギリついていけたものの、当時部員のほとんどはまともにメニューをこなせないような日々を送る環境で走り始めることになります。 しかし、彼が15歳になる年に転機が訪れます。元々の顧問の先生が寿退職されたことをきっかけ
深澤哲也(ウェルビーイング株式会社副社長)
7月11日読了時間: 48分
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