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悔しさを晴らしたいランナーの方へ

 思い返せば3ヶ月ほど前、マラソンシーズン最後のマラソンを走り終えて、まずは数ヶ月の準備を乗り越えてマラソンを無事に走り終えたことへの安堵を感じつつも、その安堵も束の間、次にやってきたのはなんとも言えない虚無感と悔しさ。4ヶ月も準備をして、それも十分なトレーニングができたと自負していながら、出せたタイムはこんなものか、と。


 レースが終わって3日、何気なくインスタグラムを見ていると、トレーニング期には明らかに質・量ともに自分が勝っていたであろう見ず知らずのランナーが、先日自分が走ったあのレースで自分よりも好タイムでゴールしていたことを知る。プロフィールを覗くと、ハーフ以下の持ちタイムも全て自分が上回っている。なのになぜ自分は3日前のあのレースで、この人に負けたんだろう。


 いや、この人に負けたのではない。自分に負けたんだ。これだけ練習ができていて、そしてこのマラソンまでに走ったレースでは全て、想定していたタイムを大きく上回った。これ以上ないほどに練習はできたと思っていた。何もかもが順調に行っていたかのように見えたほどに、、


 でも蓋を開けてみると、最低目標だった2時間40分を切ることはおろか、2時間47分もかかってしまった。レースが終わって冷静に分析したところ、最後の調整期間に細かいミスを重ねてしまったということは明らかだったものの、問題は本当にそれだけだったのだろうか?そもそも、根本的に何かが欠けていたのではないだろうか、、?


 これは、これを書いている私自身の今の率直な気持ちです。私は今年3月の琵琶湖マラソンに向けて、これ以上ない準備ができたと思っていました。しかし、蓋を開けてみると目標からは大きく遅れる結果となりました。レース後にはいろいろな方から温かいお言葉も、厳しいお言葉もいただきましたが、総じて非常に苦い思いをしたというのが現実でした。


 実は、私はまだマラソンに関しては本当に満足したレースは一度もしていません。会心のレースがないのです。だから、自分のマラソンの本当のベストの力はどこにあるのか?そのイメージが掴めていないのです。


 だからこそ、びわ湖マラソンに向けたトレーニングと同じようにアプローチして、それが100%うまくいったとしても、また同じ結果になってしまうのではないかという恐怖感があります。根本的に、何かが欠けているのではないかという気持ちがしてならないのです。


 その何かとはなんなのか、レースが終わってからの3ヶ月間ずっと考えてきました。しかしなかなか答えは出ませんでした。まず考えたのは、2時間35分という目標に対してのそもそものスピード的余裕度が少なかったのではないかということでした。


 2時間35分ということは、1kmあたりのペースは3分40秒前後です。このペースで練習した時には、正直言ってそこまで余裕度は高くありませんでした。もちろん、5kmで15分台は出ていますし、単なるスピードという意味では十分足りています。そうではなく、スピードを長距離の走りに落とし込めていないのではないかと思ったのです。


 そう考えたため、私は二つのアプローチをしました。まず一つはそもそもの基礎スピードの力をさらに上げて、余裕度を高めるということ。つまり5kmのタイムをシンプルに伸ばそうと試みました。


 そしてもう一つは、ペース走の距離を元々やっていた15km〜20kmを10km〜12kmへと短くする代わりに、練習から3分40秒〜30秒程度の速いペース走の頻度を上げるということです。これにより、そこそこのスピードでそこそこの距離を走るので、スピードを長距離の走りに落とし込みやすいかなと考えました。


 これの方向性自体は間違っていなかったとは思います。しかし、結果は良くありませんでした。普段のトレーニングの質が上がったことで、回復がうまく追いつかず、疲労を抱えやすくなり、トレーニング全体の消化具合が悪くなってしまったのです。それを繰り返していくうちに、調子が悪くなっていき、今これを書いている1週間前まではもう最悪でした。1km5分で10km走るのもしんどいくらいまで調子が落ちていました。


 なぜこんなことになってしまったのだろうと、私は考えに考えました。その結果、私は結局最初の出発点に戻ってきました。つまり、基礎に立ち返ったというわけです。


 そもそも私が調子を落としていた大きな要因は、びわ湖マラソンが終わってからのこの3ヶ月の話でもなく、びわこに向けた4ヶ月間の話でもありません。もっとその前の段階に原因があったと見ています。


 どういうことかというと、その前の期間、私は基礎づくりという基礎づくりができていませんでした。なぜなら、長いこと故障に悩まされていて、騙し騙し走るような日々を過ごしていたからです。10何週間もろくに走れておらず、全然基礎もできていないような状態で昨年の12月を迎えた私は、なんの基礎構築もなくいきなりびわ湖マラソンに向けたマラソントレーニングに入ったのです。


 ところが、運よく私は大きな故障もなく、順調すぎるほどにマラソントレーニングを消化していきました。これが私を大きく勘違いさせました。力がついていると過信していたのですが、これは単に疲労もない状態で元々体にあった貯金を使って走れていただけだったからです。


 今、貯金と言った意味を少し説明しますと、基礎作りの練習というのはいわゆる体の貯金を作るようなものなんです。そして、レースに近い負荷の練習をしたり、レースを走ったり