「LT走」という練習は存在しない?
- 深澤哲也(ウェルビーイング株式会社副社長)
- 2025年1月15日
- 読了時間: 12分
更新日:2025年12月10日
「LT」という言葉、おそらくあなたも一度は聞いたことがあるのではないでしょうか?
LTとはlactate thresholdの略で、直訳すると「乳酸の閾値」です。つまり運動生理学上において重要な指標である「乳酸性閾値」の関連でよく耳にする言葉です。
乳酸性閾値というのは、一般的にはハーフマラソンの走力向上のために重要な意味を持つと言われています。かの有名な「ジャックダニエルズ博士のランニングフォーミュラ」でも、1時間全力で走り続けることのできる強度で、また、血中乳酸濃度が指数関数的に上がり始めるポイントのことを乳酸性閾値と解説されています。
そういったところをもとに、だいたいハーフマラソンのレースペース近くの強度で走り続ける練習を「LT走」を呼び、取り組まれている方も少なくないでしょう。
ですが、実は厳密にはこのLT走という練習は存在しません。というより、LT走という練習に囚われてしまうことには、意外なリスクや、また勿体なさがあるのです。今日はそのことについて解説していきます。
乳酸性閾値とは
そもそも乳酸性閾値について全く知らないという方のために、簡単に乳酸性閾値を解説します。
乳酸性閾値とは、簡単に言えば乳酸が溜まるか溜まらないかの境目、みたいな意味です。閾値という言葉がそもそも、全か無かの法則に従うものであり、最終的には0か100かの二択になることを意味します。
では、なぜ乳酸が溜まるか溜まらないかを気にするのでしょうか?それは、乳酸が溜まることで長距離走やマラソンのパフォーマンスに大きな悪影響を及ぼすからです。
そもそも、乳酸が溜まるとはどういう状況でしょうか?少し考えてみてください。
わかりましたか?答えは、無気的代謝を使っている時です。
私たちの体には、酸素を使う代謝システム(有気的代謝)と酸素を使わない代謝システム(無気的代謝)の2種類があります。基本的には酸素を使ってエネルギーを生み出していて、それは走っている時も同じです。
ただ、有気的代謝の方が、生み出せるエネルギー量は多いけれど、エネルギーを生み出すのに少々時間がかかるのです。つまりペースが上がる(=運動強度が上がる)につれて、必要なエネルギーの量が大きくなると、段々有気的代謝だけでは必要なエネルギーを賄いきれなくなっていきます。
そうなってくると、体は有気的代謝と併用する形で代謝速度が速く、素早くエネルギーを生み出せる無気的代謝も動員し始めます。そうすることで、有気的代謝だけでは賄いきれないエネルギーを補填しています。
ただ、無気的代謝を使うことには代償があります。それが、乳酸を生成することです。
この乳酸が溜まっていくと、体内の組織が酸性化していきます。すると、代謝が不活化します。私たちの体は常に代謝によってエネルギーを生み出しているので、代謝が不活化すると生み出せるエネルギー量が減ってしまいます。その結果として、ペースダウンを余儀なくされます。
これが、乳酸がランニングのパフォーマンスを低下させる要因です。そして、その乳酸を溜め込まずに走れる強度を知るために用いられるのが、乳酸性閾値という指標なのです。
乳酸性閾値の難点
乳酸性閾値についてはざっくりとでもお分かりいただけたと思いますが、実はこれには一つ難点があります。
その難点とは、運動生理学の世界の中でも、乳酸性閾値の用語が意味するところが統一されていないということです。
最近一般的によく言われることが多いのは、ジャックダニエルズ博士の本の影響もあってか「血中乳酸濃度が指数関数的に上がり始めるポイント」のことを指す考え方です。
ですが、他の見方ももちろんあります。その見方とは「血中乳酸濃度が上がり始めるポイント」を指す考え方です。
この二つの違い、わかりますでしょうか?
ポイントは「指数関数的に」上がるのか、それともそもそも血中乳酸濃度が上がり始めるところなのか、ということです。
先ほど、乳酸が出る理由は無気的代謝を使うことだという話をしました。この無気的代謝というのは、具体的にどのペースから動員されるのかは人によって違いますし、また現代の技術ではそれをリアルタイムに計測する器具がないので、それを知ることは不可能です。
ただ一つ言えるのは、この無気的代謝と有気的代謝は、あるペースを境にパチっと切り替わるものではないということです。
つまり、まだ有気的代謝で賄い切れるけれど、ただそろそろちょっと応援が欲しいな〜、というタイミングから、体内では徐々に無気的代謝も併用されるのです。
この時点では、血中乳酸濃度は徐々に徐々に上昇し始めます。体感的な苦しさ加減で言えば、どうでしょうか。私の個人的な経験も踏まえると、中強度上限いっぱいくらいのペースがこれくらいに該当するのかなという気がしています。
そして、そこからさらにペースが上がっていくことで、そろそろ本格的に無気的代謝を動員しないとエネルギーが賄いきれない領域に入ってきます。ここが血中乳酸濃度が「指数関数的に」上昇し始めるポイントです。
ここまでの説明でお分かりいただけると思いますが、つまり運動生理学の世界で意見が割れているこの二つの見方は、それぞれ該当するペースが違うのです。
仮に血中乳酸濃度が徐々に上昇し始めるポイントを「第一乳酸性閾値」、そして指数関数的に上昇し始めるポイントを「第二乳酸性閾値」としましょう。
この時、いかなることがあっても第二乳酸性閾値のペースを、第一乳酸性閾値が上回ることはありません。どんな状況でも絶対に構図としては
第一乳酸性閾値<第二乳酸性閾値
となるのです(ついでに言うと、第二乳酸性閾値のさらに先に、最大酸素摂取量ペースがあります)
実は乳酸性閾値というのはこのように、運動生理学の世界でも用語が統一されておらず、見方によっては全然違うところを意味することになるので、それをトレーニングに適用する際には非常に注意が必要です。
LT走が存在しない理由
ここまでの説明でもうピンと来られた方も多いでしょう。つまり、乳酸性閾値というのは具体的に「ここや!」というペース帯はなく、非常に大雑把な概念なのです。
だから、LT走と一口で言っても、それが上記の説明で言うところの第一乳酸性閾値を指すものなのか、第二乳酸性閾値を指すものなのか、わからないのです。
もちろん、運動生理学はあくまで学問に過ぎないですから、運動生理学によって確立されている事実を元に推論を働かせて、それをトレーニングに応用するのが正しい使い方です。つまりこういった乳酸性閾値のことを深く理解した上で、自分はこれこれこういう狙いを持って「第一乳酸性閾値」に該当するであろうペース帯をLT走をする、という風に解釈をしても良いと思います。
要するに、いろいろなところや市民ランナー界隈でよく言われるLT走という言葉をなんとなく解釈して、なんとなくで実施し続けていると、意外と自分が本来必要な分以上の負荷を抱えることになってオーバートレーニングを引き起こしたり、またもう少し余裕度を作ってトレーニングに対してちゃんと適応できるチャンスがあったのに、適応が遅れてレースに調整が間に合わなくなるようなリスクはあると思います。
結局どう考えれば良いのか?
最終的に考えておかないといけないのは、乳酸性閾値を知ってどう活用するのか、また、そもそも乳酸性閾値をなぜ知りたいのかということです。
これは早い話が、無気的代謝を使わずに走れるレベルを上げていきたいがために、なんとなくのそのポイントの目安が欲しい、ということです。
では無気的代謝を使わずに走れるレベルを上げるにはどうすれば良いのかというと、これは一番効率的かつ楽なのは中強度の持久走を繰り返していくことです。
絶対に勘違いしてはいけないのは、乳酸性閾値を向上させようと思ったら、LT走をしないといけない、と思い込むことです。全然そんなことはありません。むしろ、一般的に言われるLT走の強度って結構高いはずなので、あまり量もこなせませんし、反復もできません。
でも、やっぱり体を変えていくのには反復と量をこなすことって不可欠なんですね。そう考えると、例え前出の説明の第二乳酸性閾値の領域まで達しなくても、中強度レベルで良いから繰り返し繰り返しやっていくことが大事なんです。
そして、これは乳酸性閾値だけに限った話ではないですが、特にこうした運動生理学的知識というものはそれに踊らされないようにするのが大事です。
多くの方が運動生理学的に正しい、などと言われてしまうと、たちまちそれを信じ込んでしまっているような印象があるのですが、実はそれはあまり根拠のあることでもないですし、また勿体ないことでもあります。
我々の体の感覚って、かなり正確に作られていますし、運動生理学はむしろ、私たちの感覚の裏付けとして使う良きパートナーくらいの付き合い方をした方がうまくいくことが多いでしょう。実際、これまでの歴史を見ても国内外問わずトップランナーやトップコーチたちは、いつも運動生理学とはそういう付き合い方をしてきています。運動生理学から導き出される正しいトレーニングというものは、ないのです。
そして、もしあなたが運動生理学が好きで、これからもご自身のトレーニングの方向性を裏付ける良きパートナーとしてその知識を深めていきたいと思われるなら、絶対に受講してみて欲しい講義があります。それが「長距離走・マラソンの為の運動生理学概論」です。

もしあなたが運動生理学について興味を持ち始めていて、書店にある本やYouTube動画よりももう少し深く学んでみたいと思われているなら、こちらの講義動画はあなたの為のものです。
なぜなら、こちらの講義は運動生理学の入門講義として作成されたものだからです。この講義で解説するのは、現代においてわかっている「長距離走・マラソンを走っている最中の人間の体では何が起きているのか?」ということと、加えて長距離走やマラソンにおける実用的な側面の入り口の部分です。
では長距離走・マラソンにおける運動生理学の実用的な側面とは、一体どういうものがあるのか?
例えばですが、走っている時の感覚と、実際に起きていることが食い違う、ということって結構ありませんか?
よく生じる問題としては「力を入れたら速く走れそうな気がする」とかです。なんとなく地面に強い力をかけると速く走れる気がするのですが、あくまで「気がするだけ」。実際は、力を入れれば入れるほど余計な力の浪費が発生して遅くなります。
また他の例としては、追い込めば追い込むほど速くなる気がするけど実際はそうではない、ということもあります。一見当たり前と思われるかもしれませんが、いざ自分のことになると陥りがちな問題ですよね。
運動生理学を学ぶと、こういったことが理屈でわかっていくのです。
そもそも運動生理学とは、運動中の体内で何が起きているのかを解き明かしていく学問です。ということは、運動生理学の知識をつけると「無理なものは無理」ということがわかるようになります。
その結果として、目標ペースより1kmあたり10秒も速く入るようなオーバーペースをやったらもうそのレースは台無し確定ということがわかったり、正しい乳酸閾値の知識がついて、一番効果が最大化され、かつ疲労残りも少なく抑えられる練習強度を適切に判断できたり、そういった実践的メリットもあるのです。
つまり運動生理学というのは「適切なトレーニングやレースをするための判断材料」となり、良きパートナーとなってくれる知識です。今回はそんな運動生理学の世界の最も基本的で入り口の部分をまとめて解説した講義となります。
具体的な内容は以下のとおりです。
目次
・運動生理学の目的
・人が走るとは?
・四つの代謝系
・最大酸素摂取量
・乳酸生閾値
・走経済性
*約1時間40分の講義動画となります。
こちらの講義を受講していただくことで得られるメリットは、以下のとおりです。
・自分の行うトレーニングによる体の変化を予測できるようになる
・自分の行うトレーニングの効果を理解できるので、やる気が出る
・これは必要ないなという練習がわかるようになる
・ネットの情報や書籍、練習会で指導される内容、知り合いのランナーさんが話す内容などが正しいのか間違っているのかを正確に判断することが出来るようになる
・走ることがもっと楽しく好きになる
これだけの内容とメリットが入ったこちらの講義は、3,300円(税込)で販売いたします。
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ウェルビーイング株式会社副社長
らんラボ!代表
深澤哲也


























