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マラソントレーニングのアンチノミー

更新日:2021年12月8日


マラソンという競技が始まって約100年が経ちましたが、未だにこれをやれば上手くいくというようなトレーニングプログラムは誕生していません。それは誰もが2時間10分を切れるようなプログラムを作れないというようなレベルですらなく、誰もが自己ベストを更新できるというようなプログラムすらありません。また過去だけでなく、現在でも各コーチによってトレーニングプログラムの特色は全然違います。

 それはマラソントレーニングが以下に述べるようなアンチノミーから構成されるものだからです。先ず、アンチノミーとは何かから説明しましょう。

1.マラソントレーニングのアンチノミー

 アンチノミー(二律背反)とは、ある正しい命題(テーゼ=定立)があり、その反対の命題(アンチテーゼ=反定立)も正しいが、その二つの命題は矛盾するという状況のことを指します。これだけではわからないと思いますので、具体的にマラソントレーニングの第一アンチノミーを見ていきましょう。

第一アンチノミー

定立:マラソンで好結果を残すには負荷の高いトレーニングが大切になる。

反定立:マラソンで好結果を残すには質の高い休養が必要となる。

 マラソンで好結果を残すには高負荷のトレーニングが必要であることにはだれも異論がないでしょう。同様に質の高い休養が必要になることにも同意していただけると思います。しかしながら、この二つは決して相容れません。ハードな練習をすればするほど、適切に体を回復させることは難しくなり、過去に行ったトレーニングから体を完全に回復させようとすると、ハードな練習を入れる機会が減ります。このように、どちらもそれ自体としては正しいけれど、その二つは決して相容れない二つの命題をアンチノミー(二律背反)と呼びます。


 私はマラソントレーニングに関しては、第一アンチノミーに加えて、2つのアンチノミーから成り立っていると考えています。

第二アンチノミー

定立:マラソンで好結果を残すには練習量が大切になる。

反定立:マラソンで好結果を残すには質の高い練習が必要となる。

 いうまでもなく、どちらも真ですが、どうしても練習の量を増やせば質を落とさざるをえませんし、質を高めようとすれば、量を落とさざるをえません。これは第一アンチノミーとも関連していますが、全体の練習の負荷自体は、各個人によって、こなせる限界が決まっているからです。全体の練習の負荷が自分の限界に近づけば近づくほど、あちらがたてばこちらが立たなくなります。

第三アンチノミー

定立:マラソンで好結果を残すには一般的トレーニングが大切になる。

反定立:マラソンで好結果を残すには特異的な練習が大切となる。

 先ず、一般読者の方たちのために特異的な練習と一般的トレーニングの違いについて説明する必要があると思います。特異的とはその競技にとって専門的であるという意味です。マラソンランナーにとって、最も特異的な練習は42,195㎞を全力で走ることです。しかし、様々な理由から練習で42,195㎞を全力で走ることは賢明な判断とは言えません(詳細は過去記事『マラソン界の洗脳』を参照してください)。それに加えて、特異的な練習だけではやはり不十分で一般的トレーニングによって、特異的な練習は生きてくるのです。


 では一般的トレーニングとは何かということになりますが、一般的トレーニングとは特異的な練習から遠く離れれば離れるほど、一般的ということになります。例えば、400m20本を68秒から64秒で走るトレーニングはハードではありますが、マラソンランナーにとっては特異的ではありません。マラソンレースは400m20本のように短い距離を、休憩をはさんで速く走る種目ではないからです。しかしながら、こういった練習の土台の上にマラソンランナーとしての高い能力が積み上げられていくわけです。一般的トレーニングは走るだけとは限りません。体幹トレーニングや筋力トレーニング、バイク、水泳といったトレーニングも含まれます。


 ここでもやはり、一般的トレーニングに重点を置きすぎると疲れ切って、特異的な練習が出来なくなりますし、特異的な練習ばかりやっていると強固な土台が出来ないので、一つ上、二つ上とステップアップしていくことが出来なくなってしまいます。

2.マラソントレーニングのアンチノミーへの応答

 私自身は基本的にマラソントレーニングを考えるとは、この負荷と休養、質と量、一般性と特異性という3つのアンチノミーへの応答を考えることだと思います。但し、これは大雑把に分ければ3つという意味であり、さらに細分化していくことは当然可能であり、これがマラソントレーニングを難しくしている理由です。例えば、一言で練習量と言っても総走行距離のみを意味するわけではありません。総走行距離ではインターバルの疾走区間の一キロもジョギングの一キロも同じ一キロという計算になってしまいますが、これが同じ一キロではないことは明らかです。また、練習の頻度も関係してきます。週12回の練習で週200㎞走る選手と週7回の練習で週200㎞走る選手では、練習の質が全く同じであれば、週7回で200㎞走った方が体への負担は大きくなります。練習の質に関して言えば、質は同じでも(例えば400m65秒ペース)、休養の区間の長さが違えば(間が100mジョギングなのか200mジョギングなのか)体への負荷は変わります。


 このように考えると、大まかに言って3つのアンチノミーによってマラソントレーニングは構成されますが、細部に目を向けるとほぼ無限の組み合わせが存在することに気付きます。