レースで実力を発揮できなくなる、3つの落とし穴
何か月も練習を積んできたのに、なぜ本番になると普段通りに走れなくなるのか?
突然ですが、あなたはこれまでのレースで、こんな経験をしたことはないでしょうか?
「今日は絶対に自己ベストを出すぞ」
そう意気込んでスタートしたものの、序盤からペースが速くなりすぎてしまい、後半は大失速。あるいは、目標タイムに届きそうだと思っていたのに、レース中は終始余裕がなく、いつもの練習でできていたことさえできなかった。
レースが終わってから振り返ると「どうしてあんなペースで入ってしまったんだろう」「もっと冷静に走っていれば、違う結果になったかもしれない」と後悔する。真剣にマラソンに取り組んでいる方であれば、一度や二度は経験があるかもしれません。
では、なぜこうしたことが起こるのでしょうか?練習が足りなかったからでしょうか。メンタルが弱かったからでしょうか。
もちろん、走力や当日の体調など、さまざまな要因が関係します。しかし、実はもう一つ、非常に重要な問題があります。それは「自分が持っている以上の力を出そうとしてしまうこと」です。
私もこれまでの競技人生で何度も経験があります。高校時代は、自分の競技成績次第で進路も決まるし、ある意味では人生も決まる。そんな重圧もあったため、練習の出来具合から普通に考えたら絶対に持たないようなペースで前半から攻めてしまい、大失速する。そんなことは一度や二度ではありませんでした。
一体、どうしてそんなことになってしまうのか?今日は、このことについて少し詳しくお話ししたいと思います。
1.レース本番で、急に走力が高くなるわけではない
まず、当たり前のことを一つ確認しておきましょう。私たちの走力は、レース当日に突然大きく向上するわけではありません。
これまで何週間、何か月、あるいは何年にもわたって積み重ねてきたトレーニング。その結果として身についた能力を、レース当日に発揮するわけです。
もちろん、テーパリングによって疲労が抜けたり、レースの環境が良かったりすることで、普段の練習より良いパフォーマンスを発揮できることはあります。しかし、それも本来備わっている能力を十分に発揮できた結果と考えるべきでしょう。
ここで問題になるのが、目標タイムに対する執着です。例えば、サブ3を目指しているランナーがいたとします。これまでの練習内容から考えると、現在の実力は3時間3分前後。それでも本人は、どうしても今回のレースでサブ3を達成したいと思っています。すると、こんな考えが浮かんできます。
「せっかくここまで練習してきたんだから、少しくらい無理をしてでもサブ3ペースで走ろう」
「レース本番なら、練習以上の力が出るかもしれない」
その気持ちはよく分かります。しかし、もし実際の走力を超えたペースで走り始めれば、後半に大きな代償を払うことになるかもしれません。
目標を持つこと自体は大切です。むしろ、長期的なトレーニングでは、明確な目標があるからこそ努力を続けられる面もあります。ただし、目標を持って練習することと、目標タイムに執着してレースを走ることは、別の話です。
この違いを理解しておくことが、非常に重要だと思います。
2.落とし穴その1:余分な力みが生まれる
長距離走は、単にどれだけ大きな力を出せるかを競う競技ではありません。限られたエネルギーを使いながら、できるだけ効率よく走り続けることが求められます。
例えば、同じ1km4分のペースで走るとしても、余分な力が入っている人と、無駄なく走れている人とでは、エネルギーの使い方が違ってくる可能性があります。肩に力が入り、腕を必要以上に振り、呼吸まで落ち着かなくなる。これでは、せっかく練習で身につけてきた走力を、効率よく使えません。
では、どうしてレースになると力んでしまうのでしょうか?その一つの原因が「絶対に失敗できない」「何としてでも目標を達成しなければならない」という考え方です。
結果に強く執着すると、普段なら自然にできている動作まで、意識しすぎてしまうことがあります。もちろん、緊張すること自体が悪いわけではありません。大切なレースなのですから、緊張するのは自然なことです。
問題は、緊張していることではなく、緊張の中で必要以上の力を出そうとしてしまうことなのです。
3.落とし穴その2:レース中の判断を誤る
次に重要なのが、判断力です。特にマラソンでは、スタート直後の判断が結果に大きく影響します。
例えば、普段の練習から考えて1km4分15秒前後が適切だと分かっているランナーがいたとします。ところが、レース当日は周囲のランナーが速い。沿道の声援もあり、気持ちも高揚しています。最初の1kmを通過すると、時計には4分05秒と表示されていました。
本来であれば、ここで少しペースを落とすべきかもしれません。しかし「今日は調子が良いのかもしれない」「このままいけば、大幅な自己ベストが出るかもしれない」と考えてしまう。そして、そのまま走り続けてしまう。
これが、レースでよく見られる失敗の一つです。
もちろん、速いペースで入ったからといって、必ず失敗するわけではありません。レースの展開や本人の能力によっては、適切な判断になる場合もあります。
しかし、重要なのは、その判断に根拠があるかどうかです。今の自分の能力を冷静に評価したうえでペースを選んでいるのか。それとも、目標を達成したい気持ちだけでペースを選んでいるのか。この二つは、似ているようで全く違います。
レースで大切なのは、気持ちの強さだけではありません。むしろ、気持ちが強くなりすぎたときに、どれだけ冷静な判断を保てるか。ここが非常に重要だと思います。
4.落とし穴その3:レース直前に余計なことをしてしまう
もう一つ、ぜひ気をつけていただきたいことがあります。それは、レース直前になって、普段やっていないことを試してしまうことです。
例えば「このサプリメントを飲めば、レースで良い結果が出るらしい」「このジェルは有名選手も使っているらしい」「前日にサウナに入ると、体が軽くなるかもしれない」そんな情報を目にして、突然取り入れてしまう。しかも、普段やらないのに。
もちろん、補給やコンディショニングを工夫すること自体は悪いことではありません。ただし、それらは本来、練習の段階で試しておくべきものです。
特に補給については、胃腸との相性や摂取量、摂取するタイミングなど、個人差があります。それなのに、レース直前になると「少しでも良い結果を出したい」という気持ちから、普段なら避けるようなことをしてしまう場合があります。
これは、真剣だからこそ起こる問題でもあります。私もこういうことは何回もやってきました。3年前のびわ湖マラソンでは、それまで一回も飲んだことすらなかったモルテンのドリンクを、レースで急に取り入れて大失敗しました。ですから、より速く走りたいからこそやってしまい気持ちは痛いほどわかります。
しかし、ここでも考え方は同じです。レース直前に必要なのは、新しい能力を手に入れることではなく、すでに身につけた能力を発揮できる状態を整えることです。
この原則を覚えておくだけでも、レース前の行動はかなり変わってくるのではないでしょうか。
5.では、どうすれば本来の力を発揮できるのか?
ここまで、レースで実力を発揮できなくなる3つの落とし穴についてお話ししました。共通しているのは、どれも「今の自分以上の力を出したい」という気持ちから生まれやすいということです。
では、どうすればよいのでしょうか?私は、ここで一つ、非常に大切な考え方があると思っています。それは、結果と、自分がコントロールできることを分けて考えるということです。
例えば、マラソンでサブ3を達成できるかどうか。これは、当日の体調、気象条件、コース、そして現在の走力など、さまざまな要因に左右されます。
一方で、
現在の走力に見合ったペースを選ぶこと
周囲に流されず、自分の走りをすること
練習で確認した補給方法を守ること
苦しくなっても、できるだけ冷静に状況を判断すること
こうしたことは、自分で意識し、取り組むことができます。
目標タイムを達成したいという気持ちは、そのままで構いません。ただし、スタートラインに立ったら、結果ばかりを考えるのではなく、今の自分にできることへ意識を向ける。この切り替えが大切なのだと思います。
ここで誤解していただきたくないのは、これは決して「結果はどうでもいい」「無理せず、楽しく走れればいい」という話ではないことです。
本気で自己ベストを目指すからこそ、何か月も練習を積み重ねる。本気で結果を求めるからこそ、レースの準備にも力を入れる。しかし、いざレースになったら、結果に心を奪われるのではなく、今の自分の最善を尽くすことに集中する。
本気で努力することと、結果に執着しないことは、矛盾しないのです。
6.「リラックスしましょう」では、解決しないこともある
ここで、もう少し踏み込んで考えてみたいと思います。レース前に緊張しているランナーに対して、よくこんな言葉がかけられます。
「もっとリラックスしましょう」
もちろん、落ち着いて走れることは大切です。しかし、そもそも本気で取り組んできたレースで、緊張を完全になくすことなど、簡単にはできません。
仕事や家庭の時間をやりくりしながら、何か月も練習してきた。暑い日も寒い日も走ってきた。時には疲労や故障への不安と向き合いながら、ようやく本命レースを迎えた。そんな人が、スタート前に緊張するのは当たり前でしょう。そこで無理に緊張を消そうとすると、かえって緊張している自分が気になってしまうこともあります。
では、何が必要なのでしょうか?これは難しい問題です。自分自身に対してもそうだし、指導している中学生に対しての声掛けでも、ここは非常に頭を悩ませるところです。
なのでこれについては私もあれこれを勉強したり、考えたりしているところなのですが、弊社代表で、私の高校時代からの先輩である池上秀志が語っているのは、単なるリラックスとは少し違う考え方でした。
それが、「開き直り」です。
ただし、これは投げやりになるという意味ではありません。やれるだけの準備をする。自分にできる努力を積み重ねる。そのうえで「ここまでやってダメなら、仕方がない」と思えるところまで行く。ということです。
これは、何も準備せずに「結果はどうでもいい」と考えることとは、全く違います。むしろ、本気で取り組んできた人だからこそ、たどり着ける心境でしょう。つまり、その境地にはもはや、明日のレースで急にたどり着けるようなものではなく、数ヶ月や数年にわたる積み上げの上にこそあるものだと思います。
私は、この違いが非常に興味深いと感じました。
7.次のレースで試してほしい、3つのこと
ここまでの話を、実際のレースに生かすために、3つのことを提案したいと思います。
① レース前に、現在の走力を冷静に評価する
目標タイムから逆算するだけでなく、直近の練習やレース結果、当日のコンディションから、現実的なペースを考えてみてください。「何分で走りたいか」と「今、何分で走れる可能性があるか」は、必ずしも一致しません。
② レース中に守ることを、あらかじめ決めておく
例えば、序盤のペース、補給のタイミング、苦しくなったときの対処などです。結果そのものではなく、自分が実行できる行動を決めておくことで、レース中の判断基準が明確になります。
③ レース直前に、新しいことを増やさない
補給、食事、睡眠、ウォーミングアップなどは、できる限り練習で確認した方法を基本にしてください。レース前日になって、何か特別なことをする必要はありません。
こうしたことは、決して難しいテクニックではありません。しかし、実際に徹底できているかというと、意外とそうでもないのではないでしょうか。だからこそ、一度自分のレースへの向き合い方を見直してみる価値があると思います。
8.ここから先は、技術ではなく「心構え」の話です
さて、今回お話ししてきた内容は、池上が最近制作した新しい講義を聞いて、私自身が特に重要だと感じたことの一部です。
池上はこれまで、長距離走のトレーニングについて、非常に多くのことを研究し、実践してきました。私たちが普段お伝えしている低強度走、中強度走、高強度走、疲労回復、ピーキングといった考え方も、その一部です。
しかし、どれだけ優れたトレーニングを積み重ねても、最後にレースを走るのは自分自身です。そして、スタートラインに立ったとき、どんな考え方でレースに臨むかによって、判断や行動が変わることがあります。
今回の新講義では、まさにその部分を掘り下げています。講義のタイトルは『池上秀志の訓話 二千二十六年十一月号 レースに臨む際の心構えについて』
約1時間35分にわたり、池上自身の競技経験や、恩師から教わった言葉、歴史上の人物の逸話などを交えながら、レースに臨むときの考え方を語っています。
例えば、彼が高校1年生のときの5000m。駅伝メンバー入りがかかったレースで、自分の能力を冷静に見積もり、14分40秒前後で走れると判断しました。そして、周囲に流されず自分のペースを貫き、14分43秒で走ってメンバー入りを果たします。
一方、近畿インターハイの1500m決勝では、自分の強みであるイーブンペースを守った結果、全国大会出場まであと1.5秒届きませんでした。
これらいずれのレースについても、池上は悔いがないと話しています。なぜでしょうか?
目標を達成できたレースと、達成できなかったレース。結果は違うのに、どちらも自分の走りを貫いた。この二つの経験には、今回の講義で語られる考え方がよく表れていると思います。
さらに講義では「相対的な積極精神から、絶対的な積極精神へ」という考え方や、かつての名指導者たちの言葉、江戸時代の剣豪・千葉周作にまつわる逸話なども紹介されています。
こうした話は、単にレースのタイムを改善するためのテクニックとは少し違います。むしろ、自分は何のために走り、何を大切にして競技に取り組むのかという、より根本的な問いにつながっているように感じます。
9.この講義は、こんな方に聞いていただきたいと思います
今回の講義は、特に次のような方におすすめしたい内容です。
目標タイムへの思いが強く、レースでつい力んでしまう方
練習では走れているのに、本番になるとオーバーペースになってしまう方
本命レースの前になると、失敗への不安が大きくなる方
自己ベストの更新だけでなく、競技に取り組む姿勢そのものを深めたい方
すでに池上のトレーニング理論を学び、実践している方
また、今回の話はレース本番だけに限りません。例えば、週2回のポイント練習。
「今日は絶対に設定タイムをクリアしなければならない」
「前回より速く走らなければならない」
そんな気持ちで毎回の練習に臨んでいると、精神的にも負担が大きくなってしまいます。
もちろん、練習に真剣に取り組むことは大切です。しかし、その日の結果ばかりを気にするのではなく、今の自分にできる最善を尽くすことに集中できれば、練習への向き合い方も変わってくるかもしれません。
そういう意味では、今回の講義は、これから長くランニングを続けていきたい方にも価値のある内容だと思います。
10.11月9日まで、3,000円で販売しています
今回の講義は、11月7日(土)から9日(月)までの3日間限定で販売しています。
講義名: 池上秀志の訓話 二千二十六年十一月号 レースに臨む際の心構えについて
収録時間: 約1時間35分
価格: 3,000円(税込)
販売期間: 2026年11月7日(土)〜11月9日(月)
今回の記事では、レースで実力を発揮するために大切な考え方を、できるだけ具体的にお伝えしました。この記事で紹介した3つの落とし穴を意識するだけでも、次のレースでの判断に役立つ部分はあると思います。
一方、今回の講義では、そのさらに奥にある「結果とどう向き合うか」「自分の力を出し切るとはどういうことか」という問題について、池上が自身の経験をもとに語っています。これまで池上の講義を受講してくださった方にとっても、トレーニング理論とはまた違った学びになるはずです。本気で競技に取り組んでいる方ほど、ぜひ一度聞いていただきたいと思っています。
最後に
私たちは、マラソンで速くなるために、さまざまなことを考えます。
どんな練習をするべきか。
どれくらい走るべきか。
どうすれば疲労を回復できるか。
どうすればレースに向けて最高の状態に仕上げられるか。
もちろん、これらどれもが重要です。しかし、最後にスタートラインに立ったとき、必要なのは、さらに特別な何かを手に入れることではないのかもしれません。
これまで積み重ねてきた努力を信じて、今の自分にできる最善を尽くすこと。その心構えについて、今回の講義を通じて、ぜひ考えていただければと思います。
ウェルビーイング株式会社副社長
らんラボ!代表
深澤哲也












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