秀志 池上

2022年3月16日7 分

レース前最後の2週間

最終更新: 2022年9月19日

 世界中には様々な選手、様々な指導者がいますが、かなり共通した意見はレース前 2 週間で競技力が向上することはないということです。確かに、4 週間前や 3 週間前の段階では、超回復の方が優先順位は高かったとしても、若干の競技能力の向上は見込めるでしょうし、あまりにも練習を軽くしすぎると、走力の低下もあり得る段階です。しかし、最後の 2 週間を切ったら、何をどうあがいてもここからの競技能力の向上はありえないというのが、多くの選手と指導者の意見が一致するところです。

 では、走力が低下しないという方はどうでしょうか?私にはそれを裏付ける経験があります。2018 年の大阪マラソンの前の話です。そのシーズン私は夏場に徹底してクロカンとファルトレクしかしないという基礎構築に重点をおいた練習に取り組み、その後は徐々にレースに近い刺激を入れていくと、驚くほど体が適応していきました。しっかりと土台を作っていたので、スポンジが水を吸うように適応していきましたし、土台がしっかりしていると疲労感もそれほどなく練習が継続できます。

 実際に私は 2 時間 10 分切りに自信を募らせていきました。少なくとも当時の大会記録の2時間 11 分 48 秒は切って優勝できるだろうと感じていました。しかし、私は 2 週間前に練習の一環として出場した日体大記録会 10000m で故障してしまいました。レース自体はなんの問題もなく、予定通り 1 キロ 3 分を少し切るペースを体に覚えさせるために、無理をせずたんたんとペースを刻んでいました。もともとの持ちタイムが遅かったこともあり、組の中で断トツの先頭を走っていました。

 ところが、最後の 2 周にさしかかったところで、鋭い痛みを感じました。一瞬やばいなと思いましたが、すぐに痛みは消えました。いや、消したといった方が良いのかもしれません。そのまま、最後の 1 周を 65 秒で上がると、29 分 26 秒の自己ベストでレースを終えました。終わるとダウンジョグだけでも痛みがしてきます。私は徐々に不安になってきました。次の日も歩くだけでも痛かったのですが、20 キロ走を言い渡されていました。走ってみると、思ったよりも痛くはありませんでした。しかし、走り終わると激痛でまともに歩けなくなりました。

 大事を取って 2 日ほど走るのをやめようと思いましたが、そのあとも痛みがひきません。私はロードバイクでクロストレーニングをしているだけでした。日に日に不安は募り、不安が絶望へと変わっていきます。毎日一人で泣いては、最後まで希望を捨てずに気持ちを奮い立たせているうちに、レースの 5 日前になりました。この時点で私は 8 日間も走っていませんでした。相変わらず足には激痛がありました。しかし、これ以上走れなければどうせレースでは走れないのです。この時点で私の数か月間の努力が水の泡になることはほぼ確定していました。

 ここまで来て私は開き直ることが出来ました。どうせ無理ならいけるところまで行ってやろうと思いました。5 日前に激痛に耐えながら、足を引きずるようにして 8 キロジョギングをしました。交感神経と副交感神経のメカニズムに沿って、この時は走らなかったせいでかえって副交感神経優位になり、痛みが強くなっていたのかもしれません。

 痛かったのですが、次の日も悪化しているということはなく、寧ろ同じ痛みながら、もっと走れるようになっていました。次の日は 16 キロを 1 キロ 5 分ペースから 3 分 20 秒くらいまであげてみました。この時点で 4 日前です。とにかく、無理だろうなとは思いながらも私は埼玉県から実家の京都に移動し、そこで中学時代からお世話になってい る治療家の方のところに行きました。どうせ、大阪に移動するので近くにいくにこしたことはありません。

 そこで、治療もして頂き、3 日前に 10 キロを中強度から高強度でやると 1キロ 3 分 40 秒から 2 分 58 秒で走ることが出来ました。この時点で、試合に出ないという選択肢はなくなりました。どこまで足がもつかは分かりませんが、とりあえずレースペースでは走れることが判明したわけです。私は意を決してスタートラインに立つことにしました。

 ロキソニンを最大量摂取しましたが、そんなことで収まるような痛みではありません。 試合当日はウォーミングアップの時点で痛みがありました。足が腫れあがり関節の可動範囲が著しく狭くなり、ちょっと人が出てきたのを避けようとしただけで転倒してしまうほどでした。しかし、とにかく私はスタートラインに立ちました。

 そこから先は何があっても引き返すことが出来ません。開き直れるところまで、開き直った私に怖いものはありません。スタートラインに立つとスターター席にいらっしゃる洛南高校陸上競技部の大先輩森脇健児さんと目があいました。私が会釈をすると、向こうも気づいてくださり、ガッツポーズで返してくださいました。無言のエールを受け取った私は、スタートの号砲を待ちました。

 スタートして、初めの 1 キロを 3 分 1 秒で通過すると、私には余裕がありました。つまり足の痛みを除いていつもどおりでした。そのレースでは走れなかったおかげで疲労が抜けており、快調にレースを進めることが出来ました。徐々に痛みが強くなり、私は 17 キロ地点で遅れてしまいました。そのあとは集中力も切れて沿道から「びっこひいてるぞ」「大丈夫か」と声が飛ぶほどの痛みで、どれだけ頑張ってもジョギングしかできませんでした。

 1 キロ 5 分すら切れなくなったところで、私は途中棄権しました。涙がとめどなくあふれ出てきましたが、そのレースで私は 17 キロまで 2 時間 10 分切りのペースでレースを進め、それまでのレースのどのレースよりも楽にレースを進めることが出来ました。

 正直なところ、そのあと仮に走り続けることが出来たとしても、どうなっていたかは誰にも分かりません。マラソンという距離を考えれば、やはり最後の 2 週間は練習が出来なさ過ぎて、持たなかったのではないかという気持ちもあります。しかし、普通はレース前 2 週間で 8 日間も走らないことなど絶対にないのです。ということは、普通に最低限走っていれば、走力が落ちることはないのでしょう。

 この経験から私は、最後の 2 週間で最低限走っていれば走力が落ちることはないとの確信に至りました。もちろん、普通はどこも故障などがなければ、若干の刺激は入れますし、また入れたほうが体も今まで培ってきたものを失わなくて済むし、走りの感覚も失いません。何よりも、あまりにも練習を落としすぎると、不安にもなるでしょう。

 しかし、故障もしていなくて普通の範囲内で練習を軽くする分には、いくら軽くしても基本的には大丈夫です。何故なら、8 日間全く走らずロードバイクしかしないことなどありえないからです。このことからも、レース前の 2 週間では練習を軽くしても走力が落ちないことはお分かりいただけたかと思います。

ー池上秀志著「レース前4週間完全攻略本」第三章トレーニング編『レース前最後の2週間』より引用ー

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 ー読者様の声ー

「この度も力作の「レース前4週間完全攻略本」をありがとうございました。

 今までこのようにレース前の練習方法や過ごし方、食事まどを詳細にまとめた本に出あったことがなく、本当に役立つ内容だと思いました。

 私自身市販のマラソンの関連本を読みつくしたと言っても過言ではないと自負しておりますが、市販の本には今から思えば一人の方が経験則で書いた本がほとんどで、中には間違いもあるなあと今ではわかりますが、その当時は鵜呑みにしてサブ3達成までかなり遠回りしたと思います。(その間違いの最たるものの一つとして、レース当日の朝食を腹一杯食べることがあり、今から思えばかなり体が重く、内臓に負担をかけていたのでしょうね)

 その点、海外の翻訳本はどれもまだしっかりと内容が吟味されていますね。

 池上さんは、「原理原則」に基づいてブログも本も記述されていますので、安心して拝読できます。

 間違った市販本を読んで、遠回りしている日本のランニング愛好家の方々のために、ぜひ市販されることを望んでおります。さらに、海外での販売も。

今後のますますのご活躍を祈念して お礼まで」(松岡継文様 60代でサブスリー達成)

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