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陸上経験のない僕がマラソンサブ3を目指すというと、周りのランナーは笑った。でも実際に1年後のレースで僕が走り出すと…

 3月6日の夜、僕は有楽町の飲み屋にいました。今日は東京マラソンの慰労会を兼ねて、僕の所属するランニングチームの懇親会が行われていたのです。

 

この日の懇親会では、ある一人の男に皆の注目が集まりました。うちのランニングクラブのエースランナー・山口。彼は学生時代に陸上経験があり、マラソンの持ちタイムもチームトップ。今日の東京マラソンで2時間41分という自己新記録を出したこともあり、懇親会では皆山口に大注目です。

 

 「これで3レース連続自己ベスト!出るたびベスト更新するって何なんだよ!」「山口さん一体月間何キロ走ってるの?」「センスが違うのよ~」

 

 周りのランナーの反応は、口々に山口に質問したり、祝福の言葉を送ったり、冗談ぽく持ち上げてみたりと様々なものでした。彼はまさにこのチームのヒーロー的存在。そして奇しくも彼と僕は同い年の35歳。僕は内心そんな彼をうらやましく思わずにはいられませんでした。

 

 懇親会も終わりに近づき、それぞれが来シーズンの目標を発表する時間になりました。一人、また一人と目標を口にして、僕の順番が回ってきました。僕はすぅーっと息を吸い、堂々と前を向き、こう言い放ちました。

 

 「来年の東京マラソンで、2時間40分を切って山口さんに勝ちます。」

 

酒が入っていたことによる妄言ではありません。本心です。いつもなら遠慮してしまって口にできないような本心が、酒の力も相まって口から、いや腹の底から湧き上がるように出てきたのです。

 

 一瞬、水を打ったように場が静まり返りました。ただそれもつかの間、それからすぐに会場が笑いに包まれました。

 

 「竹内君冗談うまいね~!今日思いっきり途中棄権してたじゃん(笑)」「いやいや君、まだ3時間も切ってないじゃん(笑)」「いや山口くんに勝つって、まず彼陸上経験者だから(笑)竹内君素人じゃん。」「いいじゃん、趣味なんだから好きにさせてあげなよお~」

 

 体の奥底から体温がグーっと上昇するのが分かりました。もちろん、酒のせいではありません。僕のベストタイムはまだ3時間35分。それに僕はランニングを始めてまだ1年で、更にはこのチームに入ったのもほんの数か月前と、新入りもいいところです。走歴も、チーム在籍歴も僕よりも長く、タイムも僕よりも速いランナーはたくさんいます。加えてエースの山口は今日、自己ベストの快走をした一方で、僕は32km地点で途中棄権。そんな僕が2時間40分を切って、山口に勝つ?僕の発言は、内心チームの皆にとっては気分の良いものではなかったことでしょう。それだけに、みんなは無謀ともいえる目標を口にした僕のことを嘲笑したのです。

吊りちょうちん

鍛錬の日々

 

 あの夜、ビッグマウスを叩いてしまった僕は、一年後の3月に行われる東京マラソンに向けて、これまでにないほどトレーニングに対して気合が入っていました。あれからも月に2度の練習会には大体参加していますが、必死に追い込む僕の姿を見てどこか嘲笑したような雰囲気はずっと残っていました。

 

 それでも僕は気にしませんでした。競技経験があるとはいえ、同年代の山口があれだけ活躍して、ヒーローのような存在になっているのがうらやましいし、やっぱり負けたくないという気持ちがどこかにあったからです。あの懇親会の夜、僕を嘲笑したチームの皆を見返したいという思いと、何よりも自分の可能性に挑戦してみたいという思いがあり、僕はひたすらに仕事の合間を縫っては自分を追い込んでいました。

 

 しかし現実とは無情なもので、何故か追い込めば追い込むほどに僕のタイムはどんどん落ちていきました。夏を迎えるころには、ただのジョギングでさえ体がだるく感じました。そう、僕はただがむしゃらに追い込み続けたことで、すっかりオーバートレーニングに陥ってしまったのです。

 

 前よりもいいトレーニングができていると思っていたのに、なぜか逆に弱くなってしまった。この現実に僕は虚無感を覚え、もうランニングチームにもいかず、マラソンもやめてしまおうとさえも思っていました。

 

 そんな虚無感に苛まれる日々の中、何の気なしにランナーのInstagram投稿を見ていると、ある広告が目に飛び込んできました。その広告では“ある本”を販売していました。一度はその広告をスルーしたのですが、僕はなぜかそれが妙に気になって、また同じ広告が自分のタイムラインに表示されたときには意を決してこの本を購入していました。

 

 僕はまさにこの“ある本”によって、その後のランニング人生が一変することになります。もっとも、この時はまだそんなことを知る由もありませんでしたが…。

開いた本

 完全勝利!

 

 それから約9か月後。戦略的にトレーニングを積み上げ、やれることはすべてやった状態で迎えた東京マラソン。スタートラインに立った僕は、自身に満ち溢れていました。というより、ここまでやってダメだったらしょうがない、といった心境でした。いずれにしても、この日を迎えるまでの取り組みに嘘はなく、僕は心身ともに充実した状態で胸を張ってスタートラインに立っていました。

 

 1年前に僕を嘲笑したチームメンバーも、あくまでもそのスタンスは変えてはいないものの、明らかに「こいつ何か変わったな」というような目で最近は僕を見ているのが分かりました。だからこそ、今年の東京マラソンでは、チーム内の空気から、僕に対する注目が集まっているように感じていました。

 

 そして号砲が鳴り、エリウド・キプチョゲ選手や、日本人トップランナーなどのエリート選手がスタートし、それから遅れること数分後、僕はスタートラインを超えました。気持ちは澄み切った朝の湖のような気持ちで、レースに100%集中していました。5km、10km、15kmとレースを進めていき、中間点は1時間20分30秒で通過。目標タイムの2時40分はまだ、狙える。

 

 そこから僕は30km、そして35kmを通過しました。正直すでに脚は限界点を超えているように感じましたが、ここで奇しくも山口が前から落ちてきていることを確認できました。

 

 そういえば、“あの本”にも書いてあった、35km以降は何度か脚がブチっと来ることがあると。でもそれは、皆一様に起こることで、山口だってきっと今かなりの痛みや苦しさと闘っているはずだ。

 

 そう自分に言い聞かせて、僕はひたすら脚を動かし続けました。東京駅のゴールが見えてきて、ゴールタイムを表示するゲート上の時計が2時間38分台を打っているのが見えました。その瞬間、僕は2時間40分を切れることを確信し、そしてそれを確信した途端、不思議なことにすでに限界を迎えているはずの脚が異常なほどに軽く感じ、僕はそのまま飛び込むようにゴールを駆け抜けていました。

 

 2時間39分15秒

 

1年前の宣言通り、僕は山口に勝利し、2時間40分を切りました。ゴール地点では、チームメンバーが僕を迎え入れてくれて、祝福の言葉を次々に口にしていました。「たかが趣味」と思って始めたマラソン。その「たかが趣味」と思っていたものが、こんなにも自分の心を心地よく、爽快な達成感で満たしてくれるだなんて、マラソンを始めた当初は想像すらできなかったなぁ…。チームメンバーや、僕の少しばかり後ろで走り終えた山口らと記念写真を撮影しながらも、僕の頭の中はこのような感慨深い気持ちで満たされていました。

 

 その夜行われた懇親会では、僕の祝賀会と言わんばかりの空気感でした。

 

「一体どんな練習したの?」「誰かパーソナルコーチでもつけたりしたの?」

 

 もちろん、そんなことはしていません。僕も普段は一人のサラリーマンですし、家庭だってあるわけです。月に何万円もするようなパーソナルコーチを付けるなんて言った日には、奥さんからなんと言われることか(お小遣いのカットを食らうか、冷蔵庫から毎晩のビールが消えるかのどちらかでしょう)。

 

 皆のものすごく手のひらを返したような反応は少し面白く思いましたが、悪い気はしませんでした。僕は皆に一冊の“ある本”の存在を教えました。日本の若きランニング博士ともいえる現役のランナー・池上秀志が書いた「マラソンサブ3からサブ2.5の為のトレーニング」という本です。

 

 ものすごく文字が多く、尖った文も多い無骨な本なのですが、それでも僕は自信を持って皆に薦めました。なにしろこの一冊は、僕のマラソントレーニングをガラッと変えてくれて、更にはランニング人生そのものを照らしてくれたものですから。

  

 それからチームメンバーの中でも、マラソンでサブ3以上を目指したいと思うランナーは皆この本を読んで、そこに書いてある内容を自分に応用しながら実践する人が増えていきました。徐々にではありますが、皆順調にタイムを伸ばしていて、チーム自体のレベルも上がってきています。

 

 この本がマラソンの記録向上につながる要因はいくつかありますが、その中でも要点を絞ると以下の3点があります。

 

 1.マラソントレーニングの原理原則から、具体的な方法論まで解説している

 この本ではマラソンを運動生理学、一流選手のマラソントレーニングシステムの過去110年間の発展の流れ、市民ランナーの為のトレーニングシステムの3つの観点から、A5で200ページ以上にわたって図も入れながら解説しています。

 

 日本でサブ3からサブ2.5の為のトレーニング(女性の場合は3時間15分から2時間45分)についてここまで詳しく的確に書いている本は今のところそうないでしょう。

 

 2.過去110年間のトレーニングシステムの変化から学べる

「スピード化」「量より質」―トレーニング論において、特に近年ではこのようなことが言われることが多く、逆に昔の選手は「質より量」だったというようなことも同様によく言われています。僕もそうだと思っていたのですが、この本を読んでからは考えが改められ、質ばかり追いかけて無為にインターバルトレーニングをやったりすることはなくなり、トレーニングが戦略的になりました。

 最新鋭の取り組みをするには、これまでのトレーニングシステムの歩みを知ることは不可欠です。この本は「温故知新」を地で行くような内容となっており、何も英和辞書片手に国内外の先人たちの書物を何年もかけて読み漁らなくても、この一冊を読めばトレーニングシステムの歩みを網羅的に理解することができるのは大きなメリットです。

 

 3.本の内容を剪定(せんてい)し、誰にでも応用可能になっている

 

 この本の後半部分では、筆者が考えるマラソンサブ3からサブ2.5の為のトレーニングの具体的なプログラム例が記載されています。

 

 しかし、これはあくまで筆者の考えるトレーニングプログラム。もちろん、先述の通り先人たちから学んだトレーニングシステムを踏襲したうえで作成しているので、すでにかなり的を射た内容にはなっていますが…それでも最後は読み手による剪定(盆栽で不要な部分を切り、形を整えていくこと)が必要となります。

 

 僕も、チームのメンバーも、うまく剪定をしながら自分のトレーニングに応用したところ、確実にタイムが向上してきています。ぜひこの変化は、今読んでくださっているあなたにも実感していただけると嬉しいです。

 

 この先のページで、筆者が冒頭部分を公開しています。ぜひこれを読んで、自身はこの本を読むべきかどうか、判断してみてください。もしこれがあなたにとってピッタリの一冊であるならば、今回僕に起きたことと同じことが、あなたにも起こると信じています。

 

 あなたの成功を、お祈りします。それでは、またどこかの大会でー。

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目次

・前言 

・第一章 マラソントレーニングの要素
 第一項 100%vVO2max
 第二項 マラソンにおけるその他の要素
 第三項 有気的脂肪酸分解系
 第四項 走技術 
 第五項 運動単位

・第二章 マラソントレーニングの歴史
 第一項 ハネス・コールマイネン
 第二項 クラレンス・ド・マール
 第三項 パーヴォ・ヌルミ
 第四項 中村清 
 第五項 山田敬蔵
 第六項 エミール・ザトペック
 第七項 ジム・ピータース
 第八項 レオナルド・バディ・エデレン
 第九項 ディレク・クレイトン
 第十項 宇佐美彰朗
 第十一項 ビル・ロジャース
 第十二項 フランク・ショーター
 第十三項 宗さんご兄弟
 第十四項 瀬古利彦
 第十五項 中山竹通
 第十六項 ロバート・ド・キャステラ

・第三章 近代マラソン実例 
 第一項 ジョー・ヴィヒル
 第二項 ポール・テルガト
 第三項 コーチレナト・カノーヴァのトレーニング
 第四項 宗さんご兄弟
 第五項 ブラッド・ハドソンのトレーニング
 
・第四章
​ 筆者が考えるマラソンサブ 3 からサブ 2.5 の為のトレーニング

・あとがき

筆者紹介

​池上秀志(いけがみひでゆき)

 

自己ベスト

3,000m 8:26.12
5,000m 14:20.20
10,000m 29:26.50
30km 1:31:53
ハーフマラソン 1:03:09
​マラソン 2:13:41

 

主な実績

・都道府県対抗男子駅伝区間賞
・関西インカレ二冠
・京都選手権優勝
・近畿選手権優勝
・谷川真理ハーフマラソン優勝
・ハイテクハーフマラソン優勝
・上尾ハーフマラソン優勝
・グアムハーフマラソン優勝
・全日本琵琶湖クロカン2位
・ケアンズマラソン優勝
・大阪マラソン2位

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