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LLLTの歴史

更新日:4月10日

 LLLTは日本ではほとんど認知されておらず、製造会社も日本にはほぼありません。そんなLLLTなのですが、実は歴史的には古くマラソンと同じくらいの歴史があるのです。今回はそんなLLLTの歴史について書いてみたいと思います。何事もそうなのですが、歴史を追っていくとまた違う側面が見えてきて面白いですよね。それでは行きましょう。


古代光線治療

 LLLTとは何かというと一言で言えば、ある特定の波長の光(600nmから1400nmまで)を体に当てると深くまで浸透し、細胞が活性化するので、様々な病気や故障が治癒したり、コンディションにも良いというものです。現代ではこの特定の波長の光を出す技術が発達したり、レーザーが使われるようになったり、磁場との組み合わせを考えたりと様々な方法が科学技術によって行われるようになりましたが、別に600nmから1400nmの波長の光自体はずっと昔からある訳です。


 そして、古代のエジプトでは光と人体の関係性が研究されていたようで、日光を特定のガラスに照らして、特定の波長だけを抽出し病気の治療に使うという凄いハイテクシステムが使われていたようです。ただ、この時代のことは当然ですが、ヒエログリフにわずかに書かれているだけで、詳しいことは分かりません。古代オリンピックと同じで、何となくは分かっているけれど、詳しいところは想像するしかないといったところです。


 またギリシャやローマでも昔から光の持つ力が病気の治療に使われていました。ただ、この時代のことも詳しくは分かっておらず、サウナや温泉などのような温療法とそう大きく変わらなかったのではないかと思います。


 状況は1900年代に入ってから大きく変わってくるのですが、個人的には実験器具(観測器具)の発達やそもそも光というものに対する理解や関心が高まっていた時代と一致している影響だと思います。LLLTも最終的には人体に光子(光の粒子)を照射することで、人体の原子に影響を与え、それがDNA、RNA、酵素の働き、化学反応、細胞分裂などなどに影響を与えることによって自然治癒力が高まったり、炎症反応が収まったり、細胞の成長速度が速くなったりするのですが、原子や粒子がどうなっているのかとか、そもそも光は波なのか粒子なのかみたいな研究が盛んにおこなわれていたのが、この1900年代初頭です。有名どころで言えば、シュレディンガー、ヴォルフガング・パウリ、アルベルト・アインシュタインなどは同年代を生きた人たちです。


 そんな流れの中で、1904年にニールズ・ライベルグ・フィンゼンという方が紫外線を結核の治療に用いることに成功し、ノーベル医学賞を受賞します。LLLTは基本的には紫外線は含みませんが、この功績により特定の波長の光が病気の治療になることが分かってきました。紫外線の照射が体内でのビタミンDの生成を助ける訳です。ちなみにですが、紫外線はフリーラディカル(酸化ストレス)の原因になるので、シミやガンを生じさせる原因となることで、有名です。


 しかしながら、こういう話を聞くと大学時代の経済学の恩師田岡文夫先生の「人間に毒も薬もないで。ミステリー小説で毒殺されるとき使われる毒ってなんや?青酸カリやろ?あれ、薬としても使われるんやで。毒も薬もなくて分量次第なんや」とこのようにおっしゃっていました。余談ながら、放射線も微量な放射線の照射がホメオスタシス機能を刺激して、体には好影響を与えるという話も聞いたことがあります。これに関しては嘘か本当かは私には分かりません。


 そこから、更に時代は進み第一次世界大戦が始まる4年前、アドルフ・ヒトラーがまだヴィーンで貧困にあえいでいた時代ですが、ジョン・ハーヴェイ・ケロッグ博士が「光線治療(Light Therapeutics)」という本を出版しました。白熱電球やアーク灯を治療に使うことが可能で、糖尿病、肥満、慢性疲労、不眠症、禿げなどの治療に使えることに気づいたのです。