「自信を持てば、結果はついてくる」、「あいつを見てみろ、自信を持って走ってるから良い走りが出来るんだ」と言われても、「いやあの人が自信を持って走れるのは、インターハイチャンピオンだからであって、俺には無理だ」とか、「いや自信がないって言われるけど、俺だってレースで走れれば、自信が持てるようになるよ」と思ったことはありませんか?
昔から、自信が結果をもたらすのか、結果を出した人間だから自信が持てるのかということは一つのアンチノミー(二律背反)となってきました。しかしながら、この記事の中では、過去に基づいた自信はもろく、自信は未来からもたらされるものであるということ、そして実は「過去」と呼ばれているものも「未来」と呼ばれているものもなく、実は現在しかないということも書いていきます。
過去に基づいた自信はもろい
一般に過去に基づいた自信は裏付けがある分だけ強固なものだと思われるかもしれませんが、実はそうではありません。考えてみてください。今年のハノーファーマラソンではノルウェーのソンドレ・ノルドスタッド・モエン選手が2時間10分07秒で3位に入り、ノルウェー記録を更新しました。ソンドレ選手と私は、ハノーファーマラソンの前にはケニアのイテンという町に滞在しており、食事を共にしたり、ティータイムを共にしたりしていましたが、その時から彼は「2時間9分では走れると思う」と言っていました。今となっては、彼はノルウェー記録保持者ですが、その時はまだベストタイムが2時間12分の選手でした。過去に基づいた自信では到底2時間9分で走る自信は生まれないのです。
ここで皆さんから次のような反論があるかもしれません。「いやでも良い練習が出来たから、自信を持つことが出来たんでしょ?それって、ベストタイムという意味では過去ではないけど、その後良い練習が出来ていたんだから、やっぱりスタートラインに立った時点で、練習は過去のものとなり、やっぱり過去から自信は来たんでしょう?」と。
これに対しても次のように反論することが出来ます。ではその練習をこなす為の自信はどこから来るのですか?今まで出したことのないタイムを出すのには、一般的に言って、今までやったことのない練習が必要です。その練習をこなすのに必要な自信はやはり過去にはないのです。多少は、過去に基づいた自信もあるでしょうが、それは結局のところ、現状の自分の中にあるものなので、自分を大きく前進させ得るような自信にはなりえません。それに新しい一歩を踏み出すような場合は特に、過去を振り返っても過去の縛られる分、自分の能力を引き下げてしまうでしょう。
もう一つ言えば、マラソンのように長い距離の種目の場合、練習で自分の力をすべて出し切ってしまうような練習はすべきではありません。時にはその日のベストを出し切るような練習をやっても良いかもしれませんが、レースの距離をレースと同じペースで走るような練習をしてしまうと、レースで結果を出すことは無理でしょう。他の長距離種目にも同じことが言えますが、練習でレースの距離をレースペースで走って自信をつけようとするのは、自分がどのくらいお金を持っているのか知るために、お金を使い切るのと同じくらい馬鹿げたことです。
自信はどこから来るのか
では自信はどこから来るのかということですが、それは目標の強さから来ます。「自分は世界最高のマラソンランナーになって、世界中の子供たちに夢と希望を与える存在になる」という目標を持ったとしたら、自信はその目標への思いの強さから来ます。自己肯定感と言っても構いません。「自分はこの目標を達成するに値する人間なんだ」という自己肯定感の強さです。これだけ聞くととても胡散臭く思えてきますね。但し、この目標の肯定というのは顕在意識、有意識のレベルで行われていたのでは意味がありません。
「ああ、そうか、高い目標を持てばよいのか」と思っている人は私の言っていることを理解していません。「とりあえず、自分を肯定すればよいのか」と思っている人も間違いです。潜在意識がこの現実世界に作用するほど強く思いこまねばなりません。多重人格者の中には、ある人格が出ているときのみ、オレンジジュースを飲むとじんましんが出るとか、子供の人格が出ているときには子供用の分量の睡眠薬で十分効果が出るのに、大人の人格に戻るとその20倍の分量でも聞かないということがありますが、私が言っているのは多重人格者の人格が変わるのと同じくらい強く潜在意識に刷り込ませてくださいと言うことです。そうでなければ、現実世界を変え得るような強い自信にはなりえないのです。
ここまで読んで、自己暗示や催眠と混同する人も出てくると思いますが、自己暗示や催眠とは違います。自己暗示や催眠療法というのは、本当はたばこが好きで好きでたまらない人に「あなたはたばこが大嫌いで、たばこのにおいを嗅ぐと反射的に鼻をしかめてしまい、たばこを吸っている人の前では気分が悪くなって食欲がなくなる、ほらあなたはもうレストランの喫煙席で食事をすることが出来なくなりました」という類のものですが、本当はたばこが好きで好きでたまらない訳です。
しかしながら、皆さんの目標は皆さんが本当に思っていることです。本当に思っていることをより強く肯定してください。寧ろ本当に望んでいないのなら、諦めてください。私が言っているのは本当に望んでいることをどこまでも肯定してください、ということです。
目標の肯定の仕方
さて、では具体的にどのように肯定すればよいのかということですが、多重人格者のケースを思い出してください。多重人格者というのはある人格が出ているときにはあくまでもその人間なのです3歳児の人格が出ているときには、より寂しさを感じ、夜に一人でいると不安になります。言葉も大人が話すそれとは異なります。アルコールやたばこには微塵も興味を示しません。大柄な木こりの人格が出ているときには斧を振り回し、大酒を食らい、どら声で歌います。画家の人格が出ているときには物静かで、内向的で、何時間も一人でアトリエにこもっていられます。この人格が出ているときには、他の人格が出ているときには到底描けないような絵が描けます。出身地や出身階級が違う場合にはその独特の訛りが出てきます。つまり、多重人格者のようにどこまでもあなたが目標を達成したかのようにふるまってください、その人になりきってくださいと言うことです。
先ほどの「世界最高のマラソンランナーになって、世界中の子供たちに夢と希望を与える存在になる」という目標例に戻りましょう。あなたは時折、あなたの実力を知らない人から「次の大阪マラソンは実業団の選手と競えるんじゃないの?」と言われるかもしれません。心の中では「何言ってんだよ、俺が一番強いんだよ」と思っていても、無知な人を真剣に相手しても仕方ないので、「勝てると思いますよ、頑張るので応援よろしくお願いします」ぐらいに言っておきましょう。実際に勝ったとしても、あなたは大喜びすることは無いでしょう。勝って当然のレースに勝ったという安堵感の方が大きいかもしれません。
レース収入とスポンサー収入で収入はかなりあるけど、あなたはトレーニングに集中するために長野の山奥にいます。食事は競技者として最適だと思うものを摂取しているのでこれ以上お金をかける必要はありません。服も毎日練習だけで街に行くこともないので練習着以外にTシャツとジーパンが一着ずつあれば十分でしょう。お金はそんなに必要ない生活、これが世界最高のマラソンランナーの生活です。時には疲れて練習が苦しく感じるかもしれませんが、あなたの活躍を楽しみにしている子供たちを裏切ることはできません。あなたは子供たちに夢と希望を与える存在なのですから。世界最高のマラソンランナーは当然ながら、練習だけ頑張っている訳ではありません。睡眠と食事を軸とした質の高い休養を常に追求しています。セルフマッサージやLLLTにも時間を割くのは当然のことです。栄養や生理学、スポーツ心理学の勉強に時間を割くのも当然のことです。あなたは世界最高のマラソンランナーなのですから。
以上のように、どこまでも自分の目標を現在形で肯定してください。目標が達成された世界を現実的に感じてください。そして潜在意識の中で現実となったものは実際にこの現実世界に影響を及ぼし、それがいわゆる自信になるということです。
「過去」も「未来」もない
ここまで書いてもまだ、「我々は空想世界に生きているのではない。そんな頭の中の空想物よりも、過去の実在した実績の方が自信に繋がる」と思っている人のために、「過去」と呼ばれるものは実は存在しないということを説明しましょう。あなたはあなたが過去に経験した様々な出来事に対して、「いや確かにそれらは実在したのであり、今はっきりと思い出すことが出来る」と思っているかもしれませんが、それらは全てあなたが「現在」想起しているものです。今のところ発見されていませんが、今後脳科学の研究が進み、記憶物質なるものが発見されたとしても、その記憶物質はやはり「現在」あなたの脳の中にあるのです。原子爆弾の写真もアウシュビッツの写真もその当時の記録もやはり「現在」存在するのです。過去の出来事を検証するために複数の人間に聞き取り調査を行い、その内容がすべて一致したとしても、やはりそれは対象者の「現在」想起しているものが一致しているのです。そしてその「現在」過去について想起しているものがことごとく食い違っていることもあり得ますし、全員の証言が一致していたとしてもそれが間違っている可能性もあります。通常「過去」と呼ばれているものは、あらゆる意味で「現在」であり、それをショッキングな形で言い表したのがバートラント・ラッセルの「世界5分前説」です。これは世界は5分前に誕生したのだとしても、何の不都合も生じないという説ですが、私もそう思います。何故なら、「過去」と呼ばれるものは現在にしか存在しないからです。もっと言えば、0,1秒前に過去の記録や記憶とともに、世界が誕生していたとしても一向に不都合は生じません。
同様に、未来もありません。あなたが「未来」だと思っていることは「未来」ではなく、やはりあなたが「現在」考えていることです。中村天風という人は戦争中、棒に結び付けられ、構え筒の状態で見方が手榴弾を投げ込んで、命拾いしたという経験をしていますし、作家のドストエフスキーも死刑判決を受け、銃口が向けられた時に許しが出たという経験をしています。その時、彼らが5分前まで「自分の死」という「未来」を思い描いていたとしても、結局のところそれは「未来」ではなく、その時彼らが「現在」思い描いていたものだったのです。
それに、まだ現在していないけれど、「未来」はどこかに保存されていて、それがやってくるのだとすれば、それはどこに保存されており、どこからやってくるのでしょうか?既にどこかに実在しており、それが「現在」に影響を及ぼすのだとすれば、「現在」に影響を及ぼすものはやはり「現在」だと言えましょう。これもあらゆる意味において「未来」はどこにもないのです。
要するに、潜在意識にとっては自分がより強い現実感を感じているものが実在なのです。あなたが過去の出来事によって形成されたのと同様に、未来に達成されるはずのものからもまたあなたは形成され得るのです。しかしながら、「過去」と呼ばれているものは変えられませんし、先述したように「過去」に基づいた自信は、「過去」に縛られるがゆえにもろいのです。私が、目標を現在形に書き換え、もう既に目標を達成したかのようにふるまってくださいというのは、潜在意識にとっては「過去」と呼ばれるものであっても、「未来」と呼ばれているものであっても、より強い現実感を感じるものが実在となるからです。そして人間は潜在意識によって、動いているのです。この世界は自然法則に従って動いているので、潜在意識の通りに全て事が運ぶとは限りませんが、過去の精神的トラウマによって、病気になったり、緊張で手が震えたりするのと同じように、潜在意識もまたこの現実世界に影響を及ぼすのです。そして自分の望むように、潜在意識を書き換えるのが、自信であり自己肯定感であり、それらは過去に基づくものではなく、目標への思いの強さ、実感の強さから来るのですという話でした。
参考文献
『カントの時間論』中島義道著
『哲学の教科書』中島義道著
『あなたは「意識」で癒される』ディーパック・チョプラ著、渡辺愛子・水谷美紀子訳
『本番に強い脳の作り方』苫米地英人著
『アファメーション』ルー・タイス著、苫米地英人監修、田口未和訳
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